ビアン

ビアン

女性の同性愛者を表す「レズビアン」の略称。

俗に「レズ」という略称が一般的だが、「レズ」という言葉は主に男性向けポルノのジャンルや女性同性愛者を冷やかすために使われてきたため侮蔑的ニュアンスを含むようになってしまった。そこで「レズ」と呼ばれる事を嫌う女性同性愛者たちが自分たちの事を「ビアン」と呼ぶようになった。

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ビアン」という言葉の発祥は1994年頃だと思われる。1994年に行われた第一回ゲイ・レスビアン・パレードでのレズビアン・パフォーマンス集団「国際ビアン連盟」の勇姿は記憶に新しい。「ビアン」という言葉を彼女達自身の手で生み出し獲得した事で、今までのフェミニズムに囚われない開放的な日本レズビアンムーブメントを引き起こすまでにコミュニティは成長し、実際に様々な動きが1994-2000年の間に起こった。

  • 1995年、レズビアン・バイセクシャル情報雑誌「フリーネ(PHRYNE)」創刊→採算の関係で創刊から一年後に廃刊
  • 1996年「フリーネ(PHRYNE)」の後継誌「アニース(Anise)」創刊→1997年夏号より休刊*1
  • ミュージシャン笹野みちるがカミングアウト
  • レズビアンな海外ミュージシャンk.d.lang(Kathlyn Dawn Lang)来日
  • レズビアン向けレディースコミック「美粋」創刊→1998年に廃刊
  • ムーブメント色が強くなった「ビアン」から、曖昧なセクシャリティを表す「びあん」への変化(一時期だけだったが)

掻い摘んでみても実にこれだけの動きがあった。この頃を「第一期日本レズビアン黄金時代」と名付けても良いかもしれない。何故ならば、そのムーブメントは長くは続かなかったからだ。あれほど勢いのあったコミュニティもアニースの一時廃刊、笹野みちるのメジャーからの撤退、相次ぐ地方サークルの休止、さらには美粋まで廃刊してしまい、一気に冬の時代に突入する。

だが、この頃からクロスするように「ギャルゲーの人気」「少年マンガ&アニメの少女化」つまり現在なおも続いている「萌えムーブメント」がやってくる。秋葉原を中心にインターネットを媒体として「萌え」は日本中へ広がり次々と新しい萌え対象が作られていき、そして巡り巡って「百合」の再発見(「マリみて」現象→「百合姉妹」創刊)にまで至ったのだ。皮肉にも一般男性の嗜好が女性化した事で百合文化の理解が進み、ビアン文化についても理解されるようになった。(時を同じくしてレズビアンなパフォーマンスを売りにした売名ユニット「t.A.T.u」が登場したのも興味深い)

コミュニティも時代と共に変容する。インターネットが一般化していない時代からインターネットが当たり前の時代へと変わり、コミュニティは個人サイトからソーシャルネットワークに活動の輪を広げるようになった。

*1:2001年に復刊するが2003冬号で事実上休刊

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